Article 09

ポルトガル語のこと

Língua portuguesa

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僕がブラジルへ行くことを決めた理由の中に「言語」に関わるいくつかの出来事がある。東京で勤めていたデザイン事務所の退社の予定が見えてきた時、本当にぼんやりと外国語を勉強しようと思い立った。独立を思い描いた時に、なにか自分なりの武器が欲しいと考えた末ではあったが。僕はイギリスの大学に通っていたこともあり、少しだけ英語を話すことができる。ただし4年も滞在したのにも関わらず、ビジネスとして使おうと思うとかなり心もとない大したこのない英語力である。そのため、本当に使えるものにするためにもう一度英語を勉強し直すという選択肢もあった。でもなんとなく弱点を補強するような方針に思えてしまい、いまいち気持ちが高揚しない。そんなときに管啓次郎・黒田龍之の両氏の対談「夜明けのロシア語、黄昏のポルトガル語」を読んだ。その中に「『英語ができる=世界の人と会話できる』ということは無い」という指摘があり、それを読んだとき「そりゃそうだ」と妙に納得して、じゃあ違う言語をやろうと腹が決まった。英語を洗練させるより、もう一つの言語を学んだほうがなんとなくその先が広がるような気がした。

僕らは子供の時から「とりあえずこれを勉強すれば全世界とつながれる」といった幻想のもと「英語」を勉強していたように思う。確かに英語は言語の中で最も広く使われているものではあるが、その他の言語しか使えない人々は英語が使える人よりも圧倒的に多い。ブラジルでも、予想より英語を話せる人の数はすごく少ない。しかも、通りを歩いているだけでなんの躊躇もなくポルトガル語で話しかけられる。サンパウロは特にアジア系も含む多様な人種がごちゃ混ぜな都市なので、僕のような日本人もすんなり現地の人に見える。

もちろん英語は便利だ。こんな状況のブラジルでも、窮地の時に英語にはなにかと救われている。それでも大切なのは、この地では「ポルトガル語」が彼ら彼女らの言語であるということで。どんなに拙くてもその言語で会話すると彼らも心を開いてくれる。母国語以外(特にまだ習得途中)の言語では、深い話ができなくてそこに本当の理解や友情が生まれるのは難しいのでは、と思っている人は結構多くいるんじゃないだろうか。確かに僕のもっているボキャブラリーでは細かなニュアンスを伝えることや複雑な会話はまだまだ難しい。彼らが会話にはさむ冗談を理解できずに作り笑いをするのに疲れる時もよくある。それでも、彼らとは英語ではなくポルトガル語で話したい、という気持ちが強くある。それを理解してくれる友人らは、面倒な顔をせずにその冗談の内訳をもう一度笑いながら説明してくれる。そういった細かなやりとりを重ねるごとに彼らにまた一歩近づける気がする。

日本ではオリンピックに向けて、インフラにおける多言語表記化が進んでいるんだろうと思う。もちろんそれでコミュニケーションが潤滑になることも多々あるだろう。しかし、僕の正直な気持ちをいうと、別に日本語だけでもいいんじゃないかなとも思っている。極端ではあるけれど、互いにその「わからない・伝わらない状態」が本来の状態であることを認識することは大事だと思う。「わからない・伝わらない状態」であっても何かを伝えたいとしたら「観察する・学習する・擦り合わせる」のフェーズに移行していくだろう。どちらかというと、そこから始まるコミュニケーションの方に魅力を感じる。

文法書にはのってなかったフレーズをりあえず真似してみる。挨拶のとき彼はよく「Beleza ベレーザ(直訳:美しい)」て言っている。「こんにちは」を意味するポルトガル語は「Oi オイ」だけど、皆はスペイン語で主流の「Olá オラ」もよく使ってる。「〜ninho/zinho 〜ニーニョ/ジーニョ」を単語の語尾にくっつけると、なんか可愛いニュアンスになるっぽい。「Obrigado(ありがとう)」もいいけど「Valeu(どうも)」ていうとちょっとカッコいい。

2019.02.23

サン・パウロ / プレ・カーニバル

São Paulo / Pre Carnaval