Article 05

リツコさんのこと

About my aunt Ritsuko

MAP

メキシコには僕らの父方の叔母リツコさんがいる。彼女はもう30年近くその地で暮らしている。僕の弟二人は数年前にそれぞれ彼女宅に長期間滞在しており、そこでの魅力的なエピソードを聞いていた。電話などで話す度に「そっち行きたいな」と漏らすと、彼女からは「長い休みが取れるようになったらおいで」と言われ続けてきた。

彼女はアメリカ人のパートナーのドンと一緒に、メキシコ南部チアパス州のサン・クリストバル・デ・ラス・カサスという街で暮らしている。土地を購入し、その敷地内に自分たちで家を建て、それを人に貸して収入を得ている。その話を最初に聞いた時、そんなユートピア的なことが実際あるのかと、いまいち信用できなかった。でもそれは本当で、街の中心地から少しだけ離れたその土地には今や5つの家が建っている。それぞれに、単身の大学教授や、家族、若者のカップルが住んでいて、賃貸ではなく売却した家もある。売却した家では、その住人らがそれぞれに改造・増築しており、リツコさんとドンが住んでいる家も増築している最中だった。僕はその中で最初に建てたという小さなワンルームの家に1ヶ月半ほど住まわせてもらった。

リツコさんはもともとメキシコの隣グァテマラの先住民族らのテキスタイルに興味を持ちその地へ訪れたという。当初は東京で勤めていた会社をやめて実家の秋田へ帰る前の"最後のわがまま"の予定だったとのこと。ただ、そこで今のパートナーのドンと出会い、実家へ帰る予定はキャンセルされ、最終的にグァテマラに隣接したサン・クリストバルに拠点をおくことになる。パートナーのドンは若い頃にアラスカも含むアメリカ各地を放浪しながらお金をかせぎ、その資金で土地を購入し家を建てた。家を建てる技術はその放浪中に習得したらしい。今進めている増築では二人の体力の関係から作業自体は人に任せているが(その人は他の工事現場で働く様子を見てヘッドハンティングし、ドンが家づくりの技術を仕込んだという)、二人で内装用のタイルを決めたり、ドンが新しい部屋用の家具を自作したりと、日々増築が進んでいく。「他にやることないから」と二人は皮肉っぽく言いながら笑う。

隣の家には靴職人のソウ君の家族が住んでいる。彼はリツコさんの友人の息子で、日本の高校を卒業後に彼女を頼ってこの地に来たという。今ではメキシコ人のマリティアと結婚し二人の子供リオとニーナがいる。彼らは皆、リツコさんのことを「バーバ」と呼ぶ。リオは好きなようにリツコさん宅に出入りし、日々の発見や学校のできごとを大声でバーバに報告する。

滞在中、彼女の若い頃の話や、当時の秋田の話、祖父や祖母の話を色々と聞かせてもらった。彼女は子供の頃の火傷の影響で右手が不自由で、若い頃はそのせいで悔しい思いもしたようだ。それでも明るくさっぱりと語られたストーリーからは、ポジティブに自由に自分の生き方を捉えていることがわかる。実家に帰らなかったことについて苦笑しながら「私は裏切り者だから」と語っていたので、でもそのおかげで自分はメキシコに来れたと伝えると「まあ、そうかもね」と返ってきた。僕が海外や見知らぬ土地に憧れがちなのは、"少し変わった親戚がメキシコにいる"ということも少なからず影響しているのかもしれない。

2018.09.16

キー・カーカー

Care Caulker