Article 03

ブーロ・プレス

Burro Press

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オアハカは先住民インデヘナの人々が多く住む街で、彼らにまつわる観光地や民芸品が有名というのが、訪れる前の大雑把な知識だった。実際に、極彩色に彩られた木彫りの人形や、黒々しく光る墨色の焼き物など、シティなどでちらりと見かけたメキシコの色彩感覚がぎゅっと凝縮されたような印象をうけた。ただ、道端に並ぶ露店でも、目抜き通りに点在する土産店でも、どこを歩いても出会うその色彩にさらされ続けていると、だんだんと感覚が麻痺してきて驚きと興味が薄れてきてしまう。その中で、街を歩いていて妙に気になったのがシティでは見られない新鮮なタッチのグラフィティ。それは、薄い紙に木版のようなタッチの絵が施され、壁にベタベタと乱暴に貼り付けてあった。モチーフはナイフや、貧しい少年、ゲリラを想起する格好をする青年など、風刺的で反体制のメッセージを含んでいるようだった。

オアハカを発つ前日、歩いたことのない通りをつぶしながら街をぶらついていたとき、素敵な雰囲気の小さなギャラリーを見つけた。入り口から続く長細い空間には版画作品が飾られていて、奥には大きな版画のプレス機が鎮座している。展示作品も他のギャラリーで見たものより興味をそそられるものが多い。中にいた若い男性に話しかけてみるが、英語が伝わらずうまくコミュニケーションできない。こんなときスペイン語を少しでも勉強しておくのがやっぱり礼儀だよなと悔やむ。それでももらえたショップカードに、この工房の4人のメンバーの名前がのっていて、その中に日本の女性らしき名前を見つけた。お礼を言いその日はギャラリーを後にしたものの、やっぱり少し気になってカードで見つけた方宛にメールを書いてみる。すると、すぐに返信があり翌日のお昼に会っていただけることになった。昼過ぎのバスにもギリギリ間に合う。

メンバーの1人である筒井さんは、とても親切にその工房「Burro Press」のことだけでなく、それをとりまく環境についても色々と教えてくれた。オアハカには版画工房が数多くあり、なんとそれらの工房を巡るスタンプラリーまである。今まで街で目にしてきた壁に貼られた版画も、彼らや彼らと同年代のアーティストによるものとのこと。そして、何より驚いたのはその火付け役が日本人のアーティストだったこと。竹田鎮三郎先生という方で、長年この地でアーティストとして活動する傍ら大学で版画を教えており、その教え子たち(Burro Pressのメンバーも皆教え子)が次々にそれぞれの工房をかまえ活動し始めるうちに、今のムーブメントに至るということらしい。

今更になって感じたことは、版画のスピード感。アート作品であると同時に複製を前提にしているため、1点ものの絵画や彫刻とは広がり方が異なる。また、絵画のように積み重ねていく作業ではなく、版画ではその削る一手、刷る一手がそのまま作品を完成へと前進させる。そのスピード感はモチーフの選択でも発揮され、今は米大統領トランプを風刺した作品をアメリカ人の旅行者が面白がり買っていくことも多いらしい。また、安価な紙で大量に複製された政治的なメッセージは街中に貼りだされ、オアハカに住む人々の想いを世に発信する活動へと展開されている。歴史的にも市井の人々の訴えを発してきた版画というメディアが、メキシコの中でも貧しく、先住民の人々を多く抱えるこの街で、その力を存分に発揮しているように思えた。ここでは若者が職を手にすることはなかなか難しいという。版画を学んだ学生たちは、苦労して職を見つけるよりも版画を刷って売った方がお金を稼げるということでアーティストになる人が多いと聞いた。

長細いギャラリーの両壁には、オアハカだけでなくメキシコの様々な地域のアーティストによる作品が飾ってあった。前日に話しかけた青年イヴァンに改めて聞くと、彼らの企画でメキシコ全土の版画作家に声をかけ、応募された作品をまとめて企画展として展示していると教えてくれた。どれもが小さな作品だが、その始まりとそこからの広がりを知ると、また見え方が変わった。

burropress.com

2018.08.31

プエブラ

Puebla